保護中: じょにーくん2歳おめでとう(・w・b
じょに次郎君退院
じょに次郎君が遂に退院。
ウチの実家に預けてたじょにーも引き取ってきて、ようやく家族揃った。
じょにーはなんだか嬉しそう。
アンパンマンの事を今まで「あんぱー」としか言えなかったのに、
「アンパンマン」とちゃんと言えるようになってた。
年賀状
はぃ、ご無沙汰ですいません。いしかわです。
年末という事で年賀状を作りました。
最近のネット上では
「ネットで繋がってるのに年賀状とかバカじゃね?」
とか
「年賀状なんて郵便屋が儲けたいだけで必死だな」
とかっていう否定的な意見をよく見かけますけど、僕は昔から大好きです。
で、なんでこの良さがわかんないというか、意識のギャップがあるのかなと思ったら、今年気がつきました。
自分が年賀状出す相手って、メールやSNSなど、ネットが普及する前からの知り合いで、今もネットで繋がってない人が多いんですよね。逆に普段からよく会う人、ネットや電話で連絡とってる人は殆ど出していませんしね。
だから年賀状でしか繋がっていないんだけど、大切な友達だったりするわけで、年に一度お互いの近況を報告しあうみたいな状態で、そんな大切な友達の近況が届くととても嬉しい。
もっと繋がりたいから昨年まではメルアドとかホームページのアドレスとか載せてたけど・・・
何も反応が無いので今年はやめました(=w=;
年に一度の便りだからこそいいのかなって気がしました。
一年の近況を1枚の葉書の裏に凝縮する事にその特別な価値が宿るのかなと。
だから、汎用テンプレで直筆一筆もない年賀状だと近況も何もわかったもんじゃない。
「あぁ、生きてるのか」くらいしかわからないので、それなら無しでもいいと思うんだよね(=w=;
あと、多いのが子供だけの写真の年賀状・・・。
僕はあなたの最近の姿が見たいんデス。
子供の写真もいいけど自分の写真も写ってるのを掲載してください・・・。
そんな感じでですね、年賀状は大切な贈り物です!
心をこめてデザインしましょう!
京都に行ってきました。
紅葉シーズンという事で京都に行ってきました。
京都って混むんですけど、参拝時間制限のない場所に早朝行くと、
まだ観光客も殆どいなくて静かな景色が撮れます。
最初は下鴨神社へ。
続いて銀閣寺の近くにある法然寺

明るくなるのが朝の6時半頃で、人が増えるのが7時半頃です。
人気の無い静かな写真を抑えるなら7時くらいがベスト。
そして哲学の道
たまにしか写真とらないと上手く撮れないですね。
何がいいと思って何を見せたいのかを考えないと見せたいところにちゃんとピントが合ってない・・・。
そんな感じで早朝4時に出発して昼前に名古屋に戻ってくるというプチ行楽でした^^
人と話す時は常に訓練
毎週金曜日は早朝に異業種の方達と仕事情報の交換も兼ねてファミレスでミーティングをしています。
で、その場で毎回、最近あった出来事等を話すのですが、自分は先日あったWordCampNagoyaの事を少し話しました。
ただ、WordCampの事を異業種の方に手短に説明するのは無理だろうと思って、中途半端な話し方をしてしまいました。
おそらく聞いていた方は「よくわかんないけどなんとなくIT関連のイベントがあって行って来たんだな。」と言う程度しか伝わってないと思う。
自分もなんとなく伝わればいいかな程度の感覚で話してました。
ようやく気付きました。
違う。だから自分は説明が下手なのだと。
仕事で相手に話す時も、説明が上手くできなくて話をはしょって上手く伝えられない事が多かった。
でも仕事ではきっちり伝えたい事を伝えきらないと仕事を取れないので、手短でわかりやすくしっかり伝えなくてはいけない。
「なんとなく伝わればいいや」と言う場面でも、常に「手短でもよくわかるように伝える」と言う事を意識して訓練しないといけないのだ。
すぐ出来なけらば別に事前に手短に言えるように考えてまとめておけばいい。
それともう一つ意識しているのは相手の話したい事を引き出す事。
とりあえずなかなか会話が苦手な自分としては特に面識の浅い方とかとお話をするとネタに困って気まずい雰囲気が・・・。
でもホームページ屋さんの仕事って、クライアントさんが持ってる強みは何かを聞き出して、それをホームページに反映する事によってはじめて成果が出る。
クライアント企業にはどんな強みがあるのかを引き出せなければ大した結果など出せるわけがない。
なので、とにかく聞く。分からない言葉が出てきたら知ってるフリなんかしなくて全部聞けばいい。
聞いてるうちに相手が話したいネタが出てきて、そこで会話が弾むから!
って・・・先日同業の先輩に言われたのデス。
そんなこんなで日々の会話の中でも訓練していかなくてはいけないなぁと思う今日この頃。
相変わらず寝相が激しい・・・

ちびっこがゴロゴロ寝返りするのは微笑ましいんだけど、布団から転げ出て机の下でこんな状態でも寝てるこいつはきっと大物になると思う。
母親を探す子供
じょにー(うちのちびっこの呼び名)がね、今6ヶ月半なんだけど、お母ちゃんが離れるとすぐに泣くようになった。
で、お母ちゃんがどこに行ったのか泣きながら目で探すんだ。

さらに、最近ようやく這いずり回って移動出来るようになったから、
お母ちゃんを見つけると、全力で泣きながらお母ちゃんの方に向かってズリズリと移動を開始するのだ。
お母ちゃんが本当に恋しいのだろうなぁ・・・。
最近ニュースで話題の育児放置で死んでしまった二児は、こうやってお母ちゃんを探して泣き続けて死んでいったかと思うと本当に悲しい。
が・・・
うん・・・
おかあちゃんの所に向かう為に、疲れて寝ている僕の上を泣きながら乗り越えていくのはカンベンして欲しい・・・(=w=;
超巨大なセミを捕獲した。

ジョニーゼミと名付けよう。
はやぶさの生き様とその由来に泣いた
なんというか、かつてこれほど夢のある話があっただろうか?
最初僕はただ単純に、遠くの惑星の物資を持ち帰ってくるだけだと思ってました。
当然それだけでも、地球外物質が地球に届くのは月以来世界初なのでとても凄い事なのだけれど、はやぶさは、途中、姿勢制御装置の故障や化学エンジンの燃料漏れによる全損、姿勢の乱れ、電池切れ、通信途絶、イオンエンジンの停止など数々のアクシデントに見舞われつつも、相互バックアップや自動復旧、推進剤ガスの放出による姿勢修正や太陽帆の原理による姿勢制御などの何度も何度も復旧に成功!7年の歳月を経て遂に地球に到達!(※Wikipediaより)
そして地球にカプセルを投下して使命を完了し、大気圏に突入し自分は燃え尽きる。
大気圏で輝きながら燃え尽きる隼の映像 【NHKニュース】
なんかこう・・・
うん・・・胸が熱くなるね。
そんなはやぶさのラストショット。

はやぶさラストショット (c)jaxa
どうだよ?7年ぶりに見る故郷は?
そしてこのはやぶさにはもっと深いドラマがあった。
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【2ch】お前ら 小惑星「イトカワ」を目指したハヤブサの名前が意味する物が解るか?【転載】
8 名前:名無しさん@十周年[] 投稿日:2009/11/22(日) 00:55:24 ID:42NMopgT0
お前ら 小惑星「イトカワ」を目指したハヤブサの名前が意味する物が解るか?
小惑星イトカワとは日本の宇宙開発の父である糸川英夫から来ている
彼は戦後の貧相な開発環境の中でロケット開発全精力を傾け、宇宙開発理解の無かった国家や企業を必死で口説き落として、やっとこさ開発の援助の約束を取り付けた、決して十分とは言えない予算で七転八倒しながら 時には旧社会党の左翼連中からの妨害に会いながら、苦難の末、日本初の人工衛星打ち上げまでこぎつけた、それも世界で4番目に打ち上げたんだぞ、純民生技術のみでな。
彼は戦前、航空機の技術者だった、彼の携わった一番代表作こそ、戦闘機「隼」だ。
この隼は当時、国民の間で圧倒的人気のあった航空機であり、まさに日本を代表する航空機であり、これから日本の航空技術の飛躍を感じさせるものだった。
しかし敗戦と占領政策による航空機開発の禁止によって日本の空の技術は壊滅的打撃を受けた。
多くの航空機技術者達は空への夢を捨てざる終えず。
ある者は新幹線をある者は自動車開発へと向かって行った。
しかし最後まで糸川は空への夢を捨てずロケットと衛星に自らの思いを託し、日本宇宙技術の基礎を固めた。
敗戦の時、自分たちが作り出した航空機の多くが焼かれ壊され破棄され、技術開発禁止され技術者の多くは涙し絶望した、しかしそこから立ちあがり、日本の空の技術の復権と発展を掛けた、技術者達の血と涙、執念、夢 と努力の歴史とその結晶を背負って、半世紀以上の時を経て、もう一度「隼」は 「糸川」に出会ったんだよ、宇宙(そら)で
1945年、多くの特攻機が空に舞っていた、その中に多く名機「隼」の姿があった。
多くの特攻機、そして隼が敵艦の前で多くの悲しみと共に燃え尽きていった。
あの夏、敗戦の時、多くの人々が涙した、技術者も涙した。
あれから65年後、2010年6月、ハヤブサは地球の空で燃え尽きる。
もしそれを目にして涙する者があったとしても、あの夏に流れた涙とは、違う。
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はやぶさ、本当にお疲れさまでした。
そしてはやぶさを支えた沢山の関係者・技術者のみなさん。
すばらしい仕事でした。有難うございます。
失ったのは「カネ」ではなく、「熱意」だった
民主党による事業仕分けの第2弾が終わりましたね。
第1弾があった後に読んだ日経ビジネスの記事で
凄く印象に残った記事なので、是非読んでみてください。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/tech/20100317/213423/
人を幸せにする技術
ちびっこが産まれたばかりの頃、奥さんとちびっこは入院してて、
僕は仕事で会社にいたので子供にはあまり会えない。
退院してからも、奥さんとちびっこは、実家に1ヶ月帰ってたので、またまた会えない。
だから携帯に入ってる写真を見て、
「おぉ?・・・
ちびっこだ・・・
僕の子供だ・・・
かわええのぅ・・・
(TーT 」
と思ってた。
何枚も撮った写真眺めてたわけですよ。
なきわめく動画を眺めて、
「泣く子もかわえぇのぅ・・・( ̄ー ̄」
とか思ってたんだけど、
これって本津に凄い事ですよね。
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節句
先日、奥さんのお父さんから、じょにー宛に節句の兜が届きました。
結婚する前、初めて義父さんに挨拶に行った時が丁度3月で、
その時に雛人形が飾ってあったから
「人形飾るんだ・・・和風だなぁ・・・(・w・」
とは思ってたけど、自分の家に実際に届くとちょっとびっくりです。
そもそも高いんですよね・・・こういうのって(=w=;
今時の子供は古風な人形とか兜よりもゲームとかオモチャの方が喜ぶだろうから、
子供の日は兜じゃなくて適当に何か買ってあげればいいかなとか僕は思ってたんだけど、
兜って、親じゃなくって嫁の親が贈るモノらしいんですね・・・。
知りませんでした・・・(・w・;
そもそもウチの家には兜とかなんて無かったし・・・
と、思ってたら違う!
思い出した!
あった!
こんな立派なのじゃなかったけど確かに昔ウチにあった!
で、弓とか刀見て、
| ̄ー ̄)。oO( かっこいいなぁ・・・ )
と思って、取り出して遊んでた!
ホントに小さい頃の記憶を思い出した。
そう。時代が変わってゲームとか楽しいおもちゃがあっても、
やっぱりいつの時代も鎧兜や刀や弓って男の子は憧れるのかなと。
そして、やはり“男子の身体を守る”と言う願いのこもった
古き良き日本の風習だなとも感じました。
義父さん立派な兜ありがとうございましたm(_ _)m
じょにーが元気に育ちますように( ̄人 ̄)
母の愛
外出先から帰って来て駐車場に車を止める。
じょにーはチャイルドシートで寝てたんだけど、
奥さんはじょにーに
「ごめんね、ちょっと動かすね。」
と言って降ろしてた。
たぶん僕が降ろしてたら、
「よーし、じょにー!着いたぞ!>w<)ノ
近所迷惑になるから家に入るまで泣いちゃダメだぞー!」
って感じだと思う・・・。
母親の愛は深いなぁ・・・。
ある日の出来事
僕が晩ごはんをたべてて、
じょにーは僕のすぐ隣で奥さんのおっぱい飲んでました。
僕 : はっくしょん!
じょにー : Σ(゚A゚;) ビク!
おっぱい飲んでたのに全身でビク!っとするのが微笑ましい。
が・・・
じょにー:(´;ω;`)ブワ・・・
あわわわ(・w・;
奥さん : だいじょうぶだよ、だいじょうぶ、だいじょうぶ・・・。
じょにー : 。゚ヽ( ゚TДT)ノ。゚ ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…
僕 : そこまで泣かんくっても俺くしゃみしただけなのに・・・(・w・;
奥さん : (・w・;
泣く子もかわえぇのぅ・・・(・w・;
ピエトロのCM
昔好きだったCMをYOUTUBEで発見(・w・
ホントはもう1バージョンあって、それも見たいんだけどなぁ・・・
飲み会の翌日に朝起きたら布団から別の人の足が出てて、
「まさか・・・」
って言って布団をめくると男の部下で
「おまえかよ!」って奴(笑
「子ども手当!コドモテアテ!子供いればお金もらえると聞いた!お金ください!」
やれやれだ・・・。
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1447459.html
オタクの魂の輝きに号泣した ;w; 長島☆自演乙☆雄一郎
K-1 WORLD MAX 2010 日本代表決定戦 決勝
長島☆自演乙☆雄一郎 vs 中島弘貴
バンドの練習に向かう途中でワンセグで見てたんだけど、涙が出た。
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はぅはぅー。
じょにー(うちのちびっこの呼び名)がようやく2ヶ月になったんだけど、当然ながらまだ話せない。
ちょくちょく言う事は
「はぅー」 と 「は?」 くらい(・w・;
そんなじょにーに一日も早く喋らせようとして、僕は日々
「とうちゃんかっこいい。」「とうやんすてき。」とか言ってるんだけど、
昨日、気がついた。
さ す が に ま だ 無 理 だ 。
って事で、出来そうな事を考えてみた。
「はぅー。」が言えるなら「はぅーはぅー。」は言えるんじゃないか!?
僕「はぅーはぅー。」
僕「はぅーはぅー。」
じょにー「・・・。」
僕「はぅーはぅー。」
僕「はぅーはぅー。」
じょにー「はぅー。」
僕「お!いいぞ!がんばれ!もう一回!」
僕「はぅーはぅー。」
僕「はぅーはぅー。」
じょにー「はぅー・・・はぅー。」
キタキタキタキタ━━━(゚∀゚≡(゚∀゚≡゚∀゚)≡゚∀゚)━━━━!!
_|?○_ヒャッ ε=?_○ノ ホーウ!!
子供はかわいいのぅ ;w;
家族が増える
子供が退院して、本当はすぐにその日に奥さんの実家に帰る予定だったんだけど、黄疸が出た都合上、退院してからも少し様子をみる為に、1週間くらいは家にいる事になりました(・w・
会社から家に帰ると、奥さんとは別にちっこいのが寝てるんです。
今までは奥さんと2人だったのに別の存在がいる・・・。
すごい違和感があるけど、確かに人間のようだ・・・。
またこれがかわいい。
よく年賀状で「家族が増えました」って書いてありますよね。
大抵そういう年賀状って、子供の写真だけ写ってて、
受け取る方としては、
“いやいや、子供はいいから本人の写真の年賀状を送ってこいよ(=w=;”
とか思ったりしてたわけですが・・・
“ 家 族 が 増 え る ”っ て こ う い う 事 か !(@w@;
と実感しました。
よく言われる事ですが、親のありがたみも実感しました。
無事に元気に産まれてくるのはこんなにすごい事かと・・・
そして、このちっこいのが大きくなっていくのがとても楽しみで、
わが子の成長を祈る親の気持ちとはこういうものかと。
だから自分が無事にこの歳まで生きてこられた事をすごく感謝すると同時に、
ウチの親が、孫が出来た事をすごく喜んでくれて、ほんとに良かったなと思う。
子供が生まれました。
ようやく産まれました。
18日の早朝4時半、嫁が腹が痛いと言って僕を起こした。
どうやら陣痛が始まったらしい!(@w@;
既に10分感覚くらいだったので、病院に電話。
眠いし腹も減ってたけど、5時に家を出て、病院には20分くらいで着いた。








